Archive for 12月, 2005

Date: 12月 2nd, 2005
Cate: Mariko takeuchi
コメントは受け付けていません。

開発すること

竹内万里子

横浜トリエンナーレは玉石混交、それはそれで今日の社会の良い面も悪い面も反映していたように思いました。ただ改めて思ったのは、「現代美術」なり「アー ト」というフレームに甘えた作品が多いということ。そのフレーム自体はなんら否定すべきものではありませんが、それをただ鵜呑みにし、自己の行為に対する 真摯な批判を欠いた作品が多いように思えたことは、やはり残念なことでもありました。

私は、芸術なりアートというものは、ある意味で、美術館やギャラリーを出た後に始まるものだと思っています。たとえば、ある日空港でふと目の前の光景が フィシリ&ヴァイスのエアポートの写真に重なってしまうということ。あるいは、夕暮れの空に羽ばたく鳥の群れを目にして、深瀬の「烏」を思わずそこに見い だしてしまうこと。それは、ただ「似ている」から作品を思い出すというような単純な問題ではありません。そのとき起きているのは、作品という引き金によっ て、世界が潜在的にもつ無数の「質」のひとつに初めて立ち会うという事態なのです。逆にいえば、作品がなければそのような世界の「質」に立ち会うことがで きなかったかもしれないといえます。

少々乱暴な物言いをしてしまいましたが、要するに重要なのは、作品それ自体ではなく、それが開示する世界の「質」のほうだと私は思っています。したがって それを開示するのは必ずしも「アート」である必要はない。私たちはそれぞれ、世界の新たな質を見いだすための方法を自分自身で開発すべきなのです。それを 「アート」と呼ぼうと、「政治」と呼ぼうと、「哲学」と呼ぼうと、あるいは何ら名前を与えられないとしても、構うことはない。そのことを、私たちはどれだ け深く自覚できているのでしょうか。

2005.12.02